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第34回「賢仁会」を開催

 春のきざしが深まりつつある2017年3月11日(土)、FPU兵庫の後援のもとで第34回「賢仁会」がJR兵庫駅に近い兵庫勤労市民センターにて開催されました。韓(朝鮮)半島南北の一日も早い平和的統一の実現を望む「在日」の一世、二世を中心に国籍と宗教を超えた有識者の人々が集いました。「賢仁会」とはそのような人々によって構成された会です。
 現在、韓・米・日が共通して多事多難の内政混乱の中、北朝鮮問題をはじめとして、とりわけ韓国においての大統領の不在による国政の空白が長引き、もどかしいと思う中での「賢仁会」の第34回目の開催は時節柄、まとを得た開催行事であると言えます。
 本日の主題は、勉強会の一環で映像視覚よるものとして、韓(朝鮮)半島の長い暗黒の現在も続いている夜の歴史であるともいえる分断と、その後の民族の悲願である南北の統一を遠くへと押しやった米・ソ二つの「大国」が、勢力の拡大を目指して「冷戦」の状態に入ったことを表現し、題材とした『冷戦終結ロードを行く』(MBCスペシャル制作)でした。物語は冒頭に「共産主義の終焉(えん)を宣言した男がいた」から始まりました。
映像を観る事は、本日、参加された「在日の人々」にとって主題が主題であるだけに、講話を聴くことよりも迫力があり、身につまされるものでした。世界史の中の一環で「過去ではなく現在進行形だ」との思いで『冷戦終結ロードを行く』を鑑賞したと思われました。
共産主義体制では、宗教は禁止であり、宣教師たちは逮捕されたが、また、復活した。その国や歴史の崩壊を示唆した事件であり、「共産主義の終焉」を話した男の宣言は世界を驚嘆させるに値しました。その一人の男の宣言はレーガン大統領の出現を預言し、ゴルバチョフ大統領との会見を果たしました。文総裁の思想は超宗教・超国家を唱え、世界人であることを内外に示したものであることを伺い知ることが出来ました。この映像を観て南北にぬきがたい対立と憎悪、不振と猜疑を残し、38度線が存在することを改めて本日の参会者に投げかけ、一人の男の世界人としての存在が偲ばれました。
 文聖純FPU兵庫会長代行が映像終了後に最近、韓国で政治、科学等の時事問題の会議に直接参加したことを述べ、その解説のあと閉会となりました。







第36回平和統一セミナーを開催

真冬の季節と化した2017年の初頭、多数の在日一世、2世を中心に多くの聴講者の参席のもとで、第36回目の平和統一セミナーが第1部「日本の戦後処理」、第2部「慰安婦問題」をテーマに1月21日(土)神戸市JR新長田駅前の新長田勤労市民センターにて開催されました。講師の新井先生は冒頭に「今、世界情勢は大きく変化しています。韓半島においては現職大統領の職務停止により大統領不在という事態が続く中での2016年からの年越しとなりました。本来、次回のテーマである、慰安婦問題も次回の講座が4月になるということで、いまだに全面解決に至っていない懸案事項について今回講義しておきたい」と話されました。
 「在日」にとってはこれらの「日本の戦後処理」という問題と、すでに完全に日韓両国の間で解決済みとされた件である「慰安婦問題」であるだけに、最も関心のある問題でもありました。講師はわかりやすく学問的に問題をとらえて、①「日韓国交正常化(1965年)の意義」は韓国にとって経済・技術力の発展が政治的安定と北方政策の基盤につながり、日本にとっては韓国の安定が日本の安全保障に寄与したとされ、②「日韓交渉の長期化と歴史問題」に理論展開されました。1952年から1965年に至る14年間、揉めに揉め続けた歴史問題こそが本日のセミナーの最重要主題でした。A:韓国併合の法的正当性B:被害補償と形式は、日本の政治が韓国(朝鮮)人の人間性と民族の誇りと尊厳を奪っているだけに、両国が相いれない表裏関係の意味を持つとされました。「在日」がなぜ自分たちが「在日」なのかを知っている問題であるだけに緊張感がみなぎるのが感じられました。国家間の賠償問題は1951年のサンフランシスコ条約があります。日本政府はこれを持って賠償は解決済みという態度を現在もとっています。この講和条約は、日本にとって「寛大な講和」と言われましたが、アジアの被害者への個人賠償と植民地支配の問題は抜け落ちていました。被害国の肝心な韓国と北朝鮮は講和の相手国にも入っていませんでした。それは日本が侵略を認めず、謝罪をせず、被害者への個人賠償と植民地支配の反省を欠くとの歴史的事実を「日韓の歴史問題は表裏関係」の間柄にあると語られた理由かと思われました。次回の開催は以上の論理を踏まえたうえで、「韓国の近代化と韓国併合」について、日韓併合条約がどのように進められたかの内容を4月15日(土)に開催すると述べられて終えました。閉会の挨拶として文聖純FPU16連合会/兵庫会長代行が「韓国のニュースは毎日、欠かさず視聴していています。歴史の流れを知る事はとても重要なことです」と述べられセミナーが終了しました。




第11回歴史探訪を開催

「賢仁会」は古代から中世にかけて韓(朝鮮)半島から日本列島へと海流に乗って渡来してきた人たちの足跡をたどりながら、その文化とロマンを知り、学ぶためのものとして立ち上げられました。FPU兵庫の後援を得て、春と秋の2回にわたって開催されています。
 文聖純FPU第16連合/兵庫会長代行に御同行願って兵庫県北部に位置する但馬地方へ古墳時代中期(5世紀)の渡来人に関する伝説を訪ねて、今回でもって第11回目を盛大に開催することが出来ました。
 兵庫県は記紀(古事記・日本書紀)等に伝わる古代朝鮮からの渡来人、または渡来神の伝承、物語があります。今回、2016年12月3日(土)、「賢仁会」の歴史探訪の一行は日本で最も古く、現存している『播磨風土記』に登場する「新羅王子・天日槍(矛)」(アメノヒボコ)の伝説の地である但馬地方(豊岡市出石町)へと訪ね、兵庫県の渡来人を考えるうえで大きな歴史的物語の最大の柱であるような気がする人物の足跡を経路をたどってみました。特に最終的に定住したとされる但馬国(出石町周辺)を出石神社を始めとして念入りに他の神社等を含めて探訪、見学して回りました。諸神社は全て古代からの創建であり、但馬国は天日槍一族の根拠地であり、天日槍に関係した神社が多く存在していました。これらの事実は現在の「在日」にとって大きな意味合いを持つ事が考えられるのです。
 「出石古代学習館」を一行は訪れました。市立のミニ博物館であり、学芸員が1時間にわたって但馬地方におけるおびただしい数の古代朝鮮からの渡来人たちの足跡が残っていることについて実証を展示物を前にして解説をしてくれました。日本海岸はまさに古代朝鮮からの渡来人たちのやってきた表玄関です。そして、この辺り一帯が加陽(カヤ)の地で漢字表記の変わりはあるが古代から「カヤ」の音で現在も呼ばれているそうです。この付近の丘に百基ほどの古墳があり、全てが朝鮮半島南部の伽耶10国と呼ばれる国々の古墳と全く同じ形式のものであるそうでした。
一行は名物の出石そばに舌鼓を打ち、この周辺一帯に残されている古代朝鮮からの渡来人たちの足跡を感じながら出石を後に帰路につきました。











2016年の忘年会が行く年を惜しみ来る年を祝って開催
 
 戦後70年の節目を越えた今年も、晩秋から初冬へと季節もいつの間にか移りゆく中、2016年の忘年会が行く年の哀惜と来る年の韓(朝鮮)半島へ統一の期待を込めて、12月23日(天皇誕生日)に神戸市JR新長田駅近くの「歌居屋」で、FPU兵庫の主催で「賢仁会」、料理教室「無窮花」、「韓国婦人会」、「ハングル講座」などの諸団体の参加のもと、合同で文聖純第16連合会/兵庫会長代行を中心に盛大に開催されました。
 文聖純会長代行が「あっという間の激動の1年でした。母国での今後の情勢を冷静に見定めていきたい」と述べられ諸氏へ暖かい祝いの言葉を語られました。
 FPU兵庫の忘年会は毎年の風物詩として12月23日の天皇誕生日に開かれることになっています。それは曺小煥副会長(臨済宗京都東福寺派雲水)と共に83歳のお祝いを兼ねた忘年会でした。文聖純会長代行とのケーキカットはFPU兵庫の風物詩としてすっかり定着しています。
 韓国婦人会員の韓国語によるHAPPY BIRTH DAY TO YOUの合唱と花束の贈呈が共に誕生した天皇に対しての敬服の念とともに祝福を受けました。
 曺小煥副会長は挨拶で、83年前に母が関釜連絡船で来日して、3日目に下関市の石炭集精場の道路上の片隅で、現天皇と同年、同月、同日の同時刻(午前6時30分)に産まれたことを明らかにされました。旧江戸城と呼ばれた宮殿の消毒、殺菌された産室で真綿に包まれて産声をあげて、片や粉雪の舞い散る路上で産湯とてなく、いつ死んでもおかしくない状態であったと話されました。会場には在日一世二世を中心に民団系、総連系の人々の姿があり、共通の話題に雰囲気が盛り上がり、会場が暖められました。歓談のひとときと共に、やがて各自ののど自慢の競合となりました。在日一世の歌う故郷の詩は甘く、メロディーはほろ苦く感傷的で青春の追憶と共に時が流れました。最後に全員が手を互いに取りあって「統一の歌」を唱和して有意義な忘年会の閉幕となりました。







第35回平和統一セミナーが「米中和解と日本人拉致事件」のテーマで開催

 木々の葉が色づき始め、日ごと深まりゆく秋を感じるこの季節の2016年11月19日(土)、午後のひと時を新井先生による連続講座が神戸新長田勤労市民センターに於いて開催されました。現在、日本に在住する韓国・朝鮮人にとって、形容しがたい出来事が見舞っているさなかでの講座でした。その1は、韓国の朴槿恵(パク クネ)大統領の親友、容疑者による国政介入疑惑をめぐり、大統領退陣を求める4度目の大集会が奇しくも当講座の19日にソウル市内をはじめとし、全国56か所で一斉に行われました。その2は本講座にも関連する事柄とも言える問題です。このような背景の中で、今回のテーマでの講座でした。講義のポイントに、どのようにして米国と中国が和解をしていったかを延べられ、それが朝鮮半島にどのような影響を与えたか?に話をしぼられました。その結果、なぜ日本人拉致事件が起きるに至ったのかと語られました。1980年に拉致事件が表面化する迄の経緯として韓半島では、韓国及び北朝鮮の独立のあと、2年後の1950年に朝鮮戦争が勃発、3年間の動乱の後、休戦状態となりました。拉致事件はその休戦状態の間の出来事でした。そして、中ソの対立があり、1972年に米国と中国の和解に至ることになりました。映像によって、その米中和解の過程を示されたのが分かりやすくて、聴講する方々の印象に強く残りました。「NHKBSドキュメンタリー、証言でつづる現代史」を披露されました。そこには「世紀の外交米中接近・キッシンジャー極秘訪中への道」と字幕が写っていました。キッシンジャー特使の北京訪問はニクソン大統領の意を受けての「敵国をなくす努力は出来る」から「敵の敵は味方」との解説でした。はからずも中国と米国の思惑は一致していたのです。その上で北朝鮮の統一戦略の転換として日本人拉致事件が発生したというのが定説でした。日本語教育などの教員が必要との説もあったとの論も提示されました。やがて拉致事件を認め、謝罪につながっていきましたが本格的な解決に至っていないようです。
文総裁がこの時点で「北朝鮮ほど分かりやすい国はない」と語られたのは、資料とした日朝・米朝交渉の推移による所の韓ソ国交樹立と日朝交渉の第1回の行く末を考慮にいれての御発言だと思われました。そして文総裁の指摘の一つとして、次の表現がありました。文総裁曰く、「1990年4月、私はモスクワを訪問したのですが、私の関心はゴルバチョフ大統領との会見に集中していました。会見の時に私は・・・・すぐに〈韓国とソ連はもうお互いに国交を結ばなければなりません。そのためにも、大韓民国の盧泰愚大統領を必ず招待してください〉と続けました。さらに韓国とソ連が国交を樹立すればどのようなメリットがあるかということも1つ1つ説明しました。その結果、ゴルバチョフ大統領は〈文総裁が提案されたとおり、盧大統領にも直ぐに会うようにします〉と約束されました。その結果、1990年9月30日、韓国とソ連は86年目に歴史的な国交樹立を果たしたのです」以上の事柄を講師は資料をもとに示されました。
最後に朴槿恵現大統領についての言及がありました。「なぜ、実績を残せなかったのか?」についての論を示されて、今後の課題とし、セミナーが終了しました。
文聖純FPU第16連合会/兵庫会長代行が閉会の挨拶として現在の韓国情勢について述べられた後、次回、2017年1月21日(土)にも参集されることを願われて閉会となりました。





第5回訓民正音検定試験が全国で一斉に開催

深まりゆく秋の2016年11月13日(日)、韓国語の普及を進めている「訓民正音グローバル協会」の主催で、当兵庫県下でも一斉に8ヶ所の会場で、各個人が現在までに、日韓両国の繁栄と友好を願って学び培ってきた韓国語の実力を試すための、検定試験が行われました。
試験会場には、80代の「在日」の方も見受けられました。青少年の頃には母国語とは時代の波に流されて無縁の状況であったと思われました。
言葉はすなわち人です。韓国の言葉には、人の心情を表現できる優しさがいっぱい詰まっています。
此の度の試験は韓国語を自由自在に読み書きをするための足掛かりとする一環した学習の成果を問う手段でもあります。まず初級・中級・上級とあり、1時間目は表現(書き取り)があり、2時間目は理解(読み・書き)へと段階を経て受験しました。「訓民正音」という言葉は「民に教える正しい音」という意味合いを持つ四字熟語です。
南北統一、日韓友好のためにも少しでもこの素晴らしい言葉を学び、努力したいものです。







第10回平和統一原理ONEDAYセミナー 開催

 季節も爽やかな秋へと移りゆく2016年10年29日、恒例の定着した平和統一原理ONEDAYセミナーがJR新長田駅前の勤労市民センターにて記念すべき1つの到達点である10回目の講義として開催されました。
 安川孝明講師により「文鮮明先生の生涯路程」を主題としたお話でした。第7回講義のときに「イエス・キリストの生涯路程」の主題で、イエスが全人類を救援するための生涯であったと解説されたのを私たちは、はからずも学んでいます。
聴講者には在日一世、二世の方々を含めて、日本の有識者の方々が参加されています。第1回から統一原理を聴講してきて文鮮明先生の人物像について、あるがままの姿の全てを参会者は知ることができました。


 冒頭に「文先生」は、現在の朝鮮民主主義人民共和国の定州で1920年に誕生されたという出生についてから安川講師の講義が進められました。まず、⑴.文先生の誕生については柳寛順烈女の信仰が、その条件となったことでした。柳烈女の愛国者としての生涯は、誰もが知るところです。⑵.文家の家訓については家を訪ねてくる人には、良く接待してあげること、という「為に生きる」精神を養われたことでした。⑶.幼少時代では、正義感が強く、奉仕好きで、鋭い観察力の持ち主であったと述べられました。⑷.生涯の目標の模索では、神父から12歳の時、聖書を読んだら良いと言われた。しかし、やがてキリスト教の限界を知るに至ったと結論づけられました。そして、神の招命からの公的路程の出発までを語られ、「私のやり残したことを全て成し遂げて欲しい」というイエスの願いがあったことを述べられました。それは、偏見と悪評判で歪曲された「文鮮明」という人物についてのあるがままの姿の一端を私たち聴講者に知らしめる内容でした。世間の評判がどのようなものであろうと、現在、最も波乱万丈の歴史の路程をたどられた文先生の姿を現されたものでした。
 一貫して怨讐までも愛し、世界人類への救済のために歩んでこられたことを理解し得ました。文先生の誕生から幼少期、日本留学時代、韓国、北朝鮮、米国における獄中生活を始めとする全ての路程は文先生が16歳の時にイエスと神に出会われたことに端を発しています。以上が文先生の真実の姿を知るための本日の統一原理セミナーの要旨でした。
 「文先生の生涯路程」の第2回は12月中旬に実施されるとのお知らせの後、講義が終了しました。
 文聖純FPU第16連合会/兵庫会長代行が、挨拶に立たれ、本日の講義の意義と次回の12月中旬の第2話への御来席を願って閉会となりました。



FPU兵庫の韓国婦人会を中心メンバーにしてサムルノリの練習が始まりました

平和統一聯合の方針により、全国の連合でサムルノリチームが結成される動きの中、兵庫においても韓国婦人会が中心となって、チームが結成されました。9月29日、2回目となる練習を深江において行いました。サムルノリは、꽹과리(ケンガリ)징(チン)장구(チャング)북(太鼓)の4種類の韓国伝統楽器で演奏するものです。サムルノリの꽹과리は雷を表し、징は風、장구は雨を북は雲を表現しています。この楽器は陰陽を分けて区分して、革で作った장구と북は土地の声を表し、鉄で作った꽹과리と징は天(空)を表しています。このように天と地の調和、自然の音で奥深い味を出し、人々の心を打ち、仲良くさせるのです。
2016年10月15日(土)には、広島の西区民センターで平和統一聯合サムルノリ・ハンマダン(사물놀이 한마당)全国大会が開催される予定です。今年は間に合わなかったが、来年の全国大会には、参加できるように韓国伝統の美しい楽器で素晴らしい音楽が演奏できるように努力していくつもりです。



第34回平和統一セミナー 開催

 季節もさすがに猛威を振るった暑夏から初秋へと移りゆく中、JR新長田駅前の神戸市立新長田勤労市民センターに於いて、2016年9月17日の午後のひと時、日・韓・朝の多くの有識者の参加のもと、新井先生による連続講座の第5弾として「朝鮮戦争と中ソ対立」のテーマで講演が開催されました。「朝鮮戦争」という言葉と歴史的事実は、「在日」のみならず全世界に拡散して暮らす韓国・朝鮮人にとって天と地を引き裂き、揺り動かすにも似た悲鳴であり、悲しみと言えるものでした。そのような「在日」の持つ朝鮮戦争に対する精神的構造の中での「朝鮮戦争と中ソ対立」問題に対する歴史的事実の解明を展開されました。
聴講者の中に、母国で少年時代に、「6.25朝鮮動乱」(朝鮮戦争)に巨済島の入り口にある統営港で、もろに北朝鮮軍との銃撃戦や空中戦に遭遇した体験を持つ、在日一世の姿がありました。
 冒頭になぜ朝鮮戦争が起きたかを、現今の多彩な北朝鮮や中国の振舞い等の不安や失望の入り混じった複雑で難しい課題を、明確にされたことでした。
朝鮮半島に現存する二つの国家、二つの政府は本来一つであるべきであり、一つの国家、一つの政府であるべきが主旨であり、結論でした。
 後半に入って先生の講義は、1990年にNHKスペシャルが発表した「朝鮮戦争~冷戦の悲劇・38度線~」の映像を本日の主題を、聴講者にわかりやすく展開するために上映されました。まさに朝鮮戦争とは国際情勢の変化による中ソ対立の契機により「ソ連共産主義」の明確化であったとされ、米中和解の遠因であり、北朝鮮が孤立と独自路線を歩むための行動であるとの認識でした。
 文総裁の指摘された①②③を(『南北統一』)から総論として挙げられました。
① トルーマン大統領がマッカーサー将軍の言葉通りにしていれば、歴史的チャンス(統一という)を迎えていたはずなのに、それを失ってしまった。
② アメリカが主導権を取らなければなりませんでした。アメリカが過ったから分断してしまったのです。
③ アメリカは第2次世界大戦の時に主導的な立場で勝利の権限を持っていたので、アメリカに責任があるのです。
故に文総裁は朝鮮半島の統一の責任はアメリカにあり、日本は米国を南北統一に誘導するべき責任があると結論を出されました。
 最後に質疑応答と、次回の開催日を11月19日(土)とし、テーマは「米中和解と北朝鮮」であるとことをお知らせして閉会となりました。





PEACE ROAD ㏌ 兵庫 2016  開催

 2016年8月7日(日)、JR三ノ宮駅に近い神戸市役所南・東遊園地で、多くの人々がPEACE ROAD IN 兵庫のセレモニーに参加するために駆けつけ、盛大に開催することが出来ました。
盛夏の強い日差しに会場内の新緑が涼しげに目に映ります。ピースロード2016・兵庫が2013年の第1回から始まり、4度目の幕を切って開始されました。
 Peace Road in Hyougo(石崎純一神戸学院大学教授実行委員長)のセレモニーには、加田裕之県会議員兵庫県議会議員、長崎寛親尼崎市市会議員の参加がありました。最初に、大橋寛至兵庫県ピースロード実行委員会事務局長による趣旨説明と、これまでの経緯が語られました。全世界に広がるピースロード活動の一環としてのピースロード2016 IN 兵庫、北東アジアの確固たる平和と日韓朝の友情のために私たちが今日この場に集い、新しい歴史を切り開く作業を開始していることの意義を感じることが出来ました。



 陸泰昊FPU第16連合会常任顧問からは、力強く激励の言葉が寄せられました。この平和運動が大きくなって、やがて日本の九州と韓国(朝鮮半島)をトンネルで結ぶ構想に力を添えられれば、この兵庫の地からも、世界平和への道が大きく前進することとなるだろうと述べられたのでした。そのあと、走者代表3名の若者によるピースメッセージの発表があり、それぞれがピースロードへの思いを熱く語りました。続いて、文聖純FPU16連合会/兵庫会長代行と韓国婦人を中心に、そろいのピンクのTシャツ姿で歌が2曲披露されました。「愛」と「上を向いて歩こう」でした。
いよいよ姫路城に向かって出発です。走者の中には女性も含まれています。2児の母の雄姿が2015年に続いて頼もしく、力強く出発を見送る人々の目に映りました。  
今年は、趣を変えて7台の自転車が神戸から、終点である播州平野に位置しシンボルとしてそびえ立つ姫路城内の三の丸広場に向かって、縦走することになりました。中継地点は12ヶ所が設定されました。リレー形式で自転車が走者から走者へと乗り継がれ、情熱と共に各地点で交代し、受け継がれます。そのうち2台は各々、一人の走者が完走し、ほかの5台は各中継地点で走者が交代しました。江戸時代に日本と朝鮮国が「朝鮮通信使」により、平和な友好関係を結んで行く為に歩いた行列の進んだ道中の逆の道を、兵庫の集団は西に向かったのでした。「山陽道」といわれる古代からの道でした。

 

 まずは、第3の中継地点である淡路島と明石を結ぶ海峡大橋の眺められる地点に到着しました。昨年の兵庫チームの出発地点であり、セレモニーの行われた場所でした。次に、明石城の横にある東経135度の明石天文台に到着しました。第8中継地点の鶴林寺は、「播磨の法隆寺」とも呼ばれる聖徳太子ゆかりの古刹で、高句麗時代から朝鮮に深い縁のある寺で、毎回、PEACE ROADの休憩地として境内を提供してくれているのです。「歴史探訪」で訪れた古寺でもあります。播磨の地は、はるか古代から朝鮮半島の国々や人たちを通じて、政治・文化などの様々な分野で刺激や影響を受けてきた地です。
私達Peace Road in Hyougoのメンバーは、まるで時代をタイムスリップしたかのような気持ちで、渡来してきた人々に思いを寄せ、21世紀に多民族・多文化共生社会の実現されることを、熱く願っています。
そのような意識を持てば、まさにPEACE ROADの走者も含めた参加者は、全員が現代の朝鮮通信使の一員と言っても過言ではありません。


 やがて太陽も西に傾き、陰り始めた夕刻に7台の自転車が随伴車と共に、国宝・世界文化遺産の姫路城内に入城しました。城内は歓迎の人たちの熱気で包まれました。直ちに姫路支部顧問を中心に記念撮影です。白永熙民団兵庫県本部常任顧問が昨年同様に参加され、無事到着の祝辞を述べられました。走者が「PEACE ROADE IN 兵庫2016平和メッセージ」を読み上げ、その書を受け取っていただきました。その後、姫路韓国婦人の心のこもった食事ともてなしを受け、走者22名それぞれが、平和のために走り切った喜びを語り、来年も走りたいとの感想で終了しました。







第33回平和統一セミナー 開催
 盛夏へと季節が移り変わりゆく、2016年7月23日の午後のひと時、第33回平和統一セミナーが、JR新長田駅前の神戸市新長田勤労市民センターにおいて、在日1世2世を中心とした人々の参加のもと、「ソ連の世界戦略と韓(朝鮮)半島」のテーマで、前回同様に新井先生をお迎えして開催されました。
 今回、主題に据えられたのは、第1弾である(2016年1月)「南北の統一を考える時の韓(朝鮮)半島の地政学的特性」からを発展させた「北朝鮮の核・ミサイル開発と外交」(2016年3月)で、自国の経済状態が困難なのになぜ、核とミサイルなのかを丁寧に解説され、その論理に基づいての前回(2016年5月)の「韓国の南北統一政策と中朝関係」でした。
 このようにして、前3回の講義の内容を俯瞰してみると、今回の主題に据えられた「ソ連の世界戦略と韓(朝鮮)半島」のお話が、どういうものだったかの例として、「在日の人々」にとって祖国の1945年における日本帝国の侵略から解放されたにも関わらず「分断している」という民族の悲しみを、浮き彫りにしているものであることが判然としました。
 冒頭に先生が述べられたのは「なぜ半島は分断されたのか…民族の誰もが望まなかったのに……」が痛烈に胸内に響きました。そのあと発言されたのは「なぜ中国とソ連が対立したか?」でした。
 講義のポイントとして、1972年における米中和解問題を示されました。なぜ共産主義の中国とソ連が対立に至ったかということが東西冷戦の分岐点であったことを示されました。
 そのあと、NHKが編集した1999年(17年前)の映像による『在ソ連朝鮮族の形成とソ連』というNHK・ETV特集が「中央アジアの朝鮮人の20世紀」と題して上映されました。①奪われた“故郷”②強いられた新天地などでした。まさしく「アリラン峠」を越えて、故郷をでたまま再び故郷の土を踏むことがなかった同胞(人々)のことを思えば今日の講義を聞いて涙の出るのを禁じ得ませんでした。
 講義は後半に、米・ソを中心とする「東西の冷戦」の激化の中で、朝鮮の38度線がこうした米・ソの進行していた対立の中で作られたことも学びました。その中で、〈資料編〉として、『米ソ戦わず』という小冊子を提示されました。日本の外交官の手記でした。①ソ連は対米戦を欲せず。②米国は「予防戦争」を行わず。というもので、まさしく韓(朝鮮)民族を無下(足蹴り)にしたような、大国同志の横暴さが見え隠れするものと思わざるを得ませんでした。
 以上を踏まえて、文総裁の指摘として「韓国をそのままにしてしまったのもアメリカが過ったのです」を引き合い(『南北統一』317~22頁)に出されました。
 次回は第5弾として、9月17日に行われることを文聖純FPU第16連合会/兵庫会長代行が先生への感謝の辞と共に述べられてセミナーは閉会となりました。




第53回韓国料理講習会  開催

 7月22日、韓国料理教室が新長田駅前ビブレホール3階で行われました。今回のメニューは夏によく合う野菜たっぷりのビビン麺、ジャガイモスープ、きゅうり入りスルメイカを使った甘酸っぱい和え物、豆腐焼きの4品を作りました。、夏の暑さで食欲を失った時期にぴったりの料理で、ピリッと辛めのソースを使ったビビン麺の美味しい味は、汗を流しながらいただいて、最高でした。今回初めて参加された方は、「本当に韓国料理は素晴らしい。毎回参加したい。そして友達にも紹介したい」と、喜ばれました。最後は、料理教室の金美淑先生が、韓国の民謡を披露しくださり、参加者の皆様に、大変喜ばれました。次回は9月23日金曜日です。宜しくお願いします。





                                   

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